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プロフィール
HN:
秋本 勇
性別:
非公開
職業:
事務・設計
趣味:
ひたすら読書
自己紹介:
はたして事務なのか、はたして設計なのか?!
よく分からない状況の中で働きつつ、したためた小説をここで紹介しています。
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どこかからクラリネットで聞いたことのある旋律が流れてくるのを静かに聴いていた。
「ドヴォルザークの家路……」
一緒にその音色を少し口ずさんでから、思い出したその曲名をつぶやくとクラリネットの音色も消えた。と同時に、草原からひょこりと何かが姿を現したのに気がついた。
「あっ……」
お互いに気まずい声と沈黙。そこにいたのは、通っている高校の同級生で吹奏楽部に所属している女子だった。
「家路、好きなの?」
少しの沈黙の後、俺が尋ねると彼女ははにかむように笑って一つ頷いた。その可愛らしい笑顔に、少し胸が高鳴るのを感じた。
「吹奏楽部でやるの?」
その問いに、彼女は首を横に振る。そこで、クラスメートの噂話で彼女が幼い頃から音楽教室に通っていることを思い出した。
「じゃあコンクールの課題とか?あ、合同演奏会みたいなやつとか?」
コンクールの課題には首を横に振り、合同演奏会に彼女がにこりと微笑む。俺たちの住む地区では、よく他の地区と合同で演奏会が行われたりしている。何故そんなことを知っているのかというと、俺も中学時代に吹奏楽部に所属していて、その合同演奏会に参加したことがあったからだった。
「俺も家路好きなんだ。でも、演奏会でやるなんてレベル高いんだね」
それに対して彼女は少し困ったように笑った。皮肉のように聞こえたのだと気づいて慌てて、
「いや、俺も中学のときに吹奏楽やってたんだけどさ、レベル低くて……大会なんて銀賞すら夢の夢なんてとこでさ」
と頭をかいて笑った。彼女はどう答えたものか少し考えたようだったが、自分の持っていたクラリネットをこんこんと指先で少したたいて見せた。どうやら、俺もクラリネットをやっていたのかとたずねているらしい。
「俺の楽器?」
すると彼女は先ほどと同じようににっこりと笑った。
「あ、俺は木管じゃなくて金管だったよ。トランペットに憧れて入ったんだけど、向かないからってチューバにまわされたり、トロンボーンやったり。色々やったけど、結局どれも中途半端だったなぁ」
だから高校になって吹奏楽部に入る気にはなれず、ほぼ帰宅部となっている正体不明の写真部に入部していた。
 そこまで話すと彼女は寂しそうな顔をして一瞬俺を見て、少ししてからまた「家路」を吹き始めた。とてもとても優しくて静かな音色。リードミスのあるところに彼女のちょっとした隙を見てほほえましく思う。
「ミサキ」
ふとそんな声がしたのに気づいて、俺と彼女は後ろを振り返った。そこには、やわらかい猫っ毛を茶色に染めた二十代後半くらいの男が立っていた。服装は白い半襟のシャツにジーンズ姿で、俺よりずっと長身で優しげな男だった。
「そろそろ帰ろう。お母さんが待ってたよ」
男はそういって座り込んでいた彼女へ白い手を差し出した。彼女は少し頬を赤らめて、少し躊躇してからクラリネットを持っていた手と反対の手で彼の手を取った。草むらに置いてあった麻のトートバッグと革の通学バックは彼が何も言わずに取った。
「クラスメートの子?」
俺に優しい目を向けた彼は、彼女にそう尋ねて微笑んだ。彼女がうなずくのを待って、
「こんばんは。君がいてくれて助かったよ。このあたりも少し物騒だから外で練習するのはやめてほしいんだけど、ミサキが気に入ってるからなかなかとめられなくて。これからも一緒にいてくれると助かるんだけど」
「……いや、今日はたまたま居合わせただけで……」
口ごもった俺に、
「そうだったんだね。でも時々遊びに来てくれるといいよ。彼女の演奏、なかなかだったろう?」
大人の余裕を見せた。
「じゃあ、また会う機会があったら」
二人が草むらから遠ざかるのを待って、俺はすっくと立ち上がった。きらきらと夕焼けのオレンジに輝いた川が足元に見えていた。それから無理やり目を引き剥がして振り返っても、二人の姿はなかった。
「帰ろう 帰ろう 家路へと……」
そこまで歌って、歌詞を思い出せず彼女のクラリネットの音色を真似るように俺は口笛を吹きながら家路についた。
オレンジの夕日が、家路を照らし出していた。
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